坂嶋流記録庫

Inverse Archives

市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)

 『そして誰もいなくなった』や『十角館の殺人』、そして本作のような作品は、クローズドサークルもののなかでも〝全滅〟という一段高い縛りを設けている。
 そのおかげで、レギュラー陣が生き残るだろうという安心感を与えず、緊張を保ったまま話を進められる一方、読者の裏をかくことは容易ではない。しかし緻密な計算と仕掛によって犯人は見事に正体を隠しおおせたのである。
 また、乱歩以来の伝統とも言えるラストシーンも印象深い。しかも本編の仕掛を活かした形での演出で、一気に胸が高鳴った。

 かつて十角館の犯人は〝神ならぬ者に、ではいったい未来の現実を(中略)完全に計算し、予想し尽くすことができようか〟と述べたが、本作の犯人もまた〝すべてをこの手で操れるほど自分は万能の存在ではない〟と述懐している。
 たしかに犯人は神ではなかった。
 しかしすべての出来事や偶然を操り、読者を欺く物語を創り出した作者は神そのものである。
 本格ミステリを紡ぐ、新たな神の誕生を言祝ぎたい。
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相沢沙呼『雨の降る日は学校に行かない』(集英社)

 この短編集の主人公たちは〝隅っこのひと〟たちである。
 場の中心からはじき出されたひと、自ら出て行ったひと、そして中心と隅のあいだで揺れ動いているひと――さまざまな主人公たちは、世間と自分のズレ、そして外側の自分と内側の自分のズレに傷つき、ひとりで悩んでいる弱い存在だ。
 そんな主人公の元に、奇跡のような出逢いが訪れる。
 出逢いによる変化はごくわずかで、主人公が抱える大きな問題を解決するだけの力はない。だがそれでも、そのわずかの変化でどれだけ世界が違って見えるのか、どれだけ小さな一歩を踏み出す力になるのか――作者は最後まで主人公の手を離しはしない。
 このような奇跡が〝隅っこのひと〟に起きることがほぼないことを、残念なことに、我々は知っている。でもこの本を読んだ隅っこのひとは知るだろう――ここに自分のことをわかってくれるひとがいる、と。
 作者が〝隅っこのひと〟に寄り添う書き手であり、この作品以外でも弱さを書き続けてくれていることに感謝したい。
books.shueisha.co.jp