坂嶋流記録庫

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市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)

 『そして誰もいなくなった』や『十角館の殺人』、そして本作のような作品は、クローズドサークルもののなかでも〝全滅〟という一段高い縛りを設けている。
 そのおかげで、レギュラー陣が生き残るだろうという安心感を与えず、緊張を保ったまま話を進められる一方、読者の裏をかくことは容易ではない。しかし本作の犯人は緻密な計算と仕掛によって見事に正体を隠しおおせたのである。
 それに加え、乱歩以来の伝統とも言えるラストシーンも印象深い。しかも本編の仕掛を活かした形での演出で、一気に胸が高鳴った。

 かつて十角館の犯人は〝神ならぬ者に、ではいったい未来の現実を(中略)完全に計算し、予想し尽くすことができようか〟と述べたが、本作の犯人もまた〝すべてをこの手で操れるほど自分は万能の存在ではない〟と述懐している。
 たしかに犯人は神ではなかった。
 しかしすべての出来事や偶然を操り、読者を欺く物語を創り出した作者は神そのものである。
 本格ミステリを紡ぐ、新たな神の誕生を言祝ぎたい。
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