坂嶋流記録庫

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森博嗣『それでもデミアンは一人なのか?』(講談社)

「これは、とても静かだ」
 かつて森博嗣自身がある作品を評した言葉だが、この作品を読んでいるあいだ、その言葉が頭に浮かんでいた。
 作中では銃撃戦も起きればカーチェイスも起きる。だがそれでもたぐいまれなる客観性を有した主人公のフィルタを通すと物語のほとんどは神の視点にも近い、冷静な思考に絡め取られる。
 静かなのはおそらく、そのせいだ。
 岩に染み入るような静けさではない。その静けさの中には常に現実をどう解釈すべきかという客観的な思考が流れ続ける。その様はまるで相手が刀を抜くのを待っている居合いの達人のようでもある。目に見える動きはなく静かだが、それゆえに気を抜いたら一巻の終わり――そんな緊張感がここには漂っている。
 読書は気楽に、何も考えずに読むものだというひともいるだろう。だが自分の思考と感覚を鋭敏にして、物語に入り込むのも悪くないのではないだろうか。
 それに――達人に切られることもまた、快感である。
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