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竹本健治『涙香迷宮』(講談社)

 迷宮とは分岐がなく秩序だった一本道のことである。
 迷路のように入口と出口があるのではなく、余すところなく敷きつめられた通路を進み、中央にある目的地を目指すのが本来の迷宮の姿である。
 黒岩涙香が創り出した四十八首の暗号解読に取り憑かれた本作もまた、タイトルに迷宮という言葉を冠している。
 迷路のように分岐がないからといって暗号が簡単というわけではない。手掛かりはすべて与えられ、その先に真実がある――そう認識していてもゴールまでの距離があまりにも長いため、歩いている道が正しいのか、この先にゴールがあるのか疑心暗鬼になる。その描き方はデビュー以来暗号に取り憑かれた竹本ならではの一級品。だからこそ、物語の流れにただ身を任せればいい。
 そして。
 事件の動機となった〝一本道の迷宮〟が示すように、本作にはゴールとなるべき中心が存在しない。ある神話の迷宮のように、読者は日本語の迷宮に閉じこめられてしまうだろう。
 しかし、それもひとつの幸せである。
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