坂嶋流記録庫

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有栖川有栖『カナダ金貨の謎』(講談社)

 もともと有栖川有栖はロジックに定評のある作家ではあるが、有栖川作品における〝ロジック〟とは「これが伏線だったのか」という驚きと、「その伏線から犯人に辿り着くのが可能だったのか」という二重の驚きが重ね合ったものである。
 その視点からこの短編集(短編2作、中編3作)に目を向けると、中編3作ではそれぞれ異なった方法でその定型を崩している。中でも〝これが真相に至る伏線だが、真相を見抜けますか〟とでも言いたげに読者に証拠を見せびらかす1編では『エジプト十字架の謎』が脳裏をよぎった。
 短編ふたつも同様に〝どの情報を読み解けば真相に辿り着けたのか〟=伏線に着目しており、短編集全体として、いつも以上に伏線に力を入れたものになっている。
 有栖と火村の出会いのシーンを再び描いたエチュード、トロッコ問題をヒントにミステリに仕立てたヴァリエイション、田舎を舞台に非都会的な事件が起きるノスタルジアなど、〝手を替え品を替え〟伏線を用いて旋律を奏で続けるコンダクターの技に耳を傾けたい。
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