坂嶋流記録庫

Inverse Archives

陳浩基『世界を売った男』(文藝春秋)

 記憶喪失は物語の自由度を広げる。
 記憶が失われた部分には、数多くの物語が嵌まる可能性が存在する。その〝可能性〟は多くの展開を想像させうるため、固定された先入観が読者に根付きにくい。そして読者に先入観がない状態は、終盤におけるどんでん返しの不発を誘う。
 よって、記憶喪失は自由度が高いゆえに本格ミステリとの相性が悪いというのが僕の認識だった。
 しかしこの本はその認識を覆した。
 記憶を失った主人公は手帳を見返し、記憶をたどり、かつて起きた事件について新たに調べていく中で、失われた物語の可能性をただひとつに収束させていく。地に足の着いた捜査を行うことで、失われた記憶に嵌まる真相はただひとつしかないと読者に信じ込ませることに成功するのである。
 主人公が多くの伏線とともに記憶を取り戻したとき、読者はこの作品が本格ミステリの優れた建築物だと気付くだろう。数多くのエピソードによって複雑で精緻な土台が作られ、その上に意外な真相がそびえているのだ、と。

books.bunshun.jp

坂嶋竜が駆け抜けた1年半について

一昨年のキャスパ以降、まったく更新していなかったとは……。更新されていなかった期間の細々したことについてはtwitterに書いてますが、この期間に起きたおおざっぱなところをあらためてここにも。


表に出た作品はそれくらいでしょうか(主催者敬称略)。
それ以外にも720枚の長編を某賞に投稿→800枚にリライトするも受賞ならずという過程で精神的にもかなりすり減らされました。そんななかようやく『ツチブチ河童の謎 遠野謎語1』として新作が形になり、ほっとしています。この遠野謎語シリーズの2作目「アオザサ屋敷の謎」は比較的すぐ取りかかる予定です。
なお、『幻影復興 -メフィスト・リブート-』はもちろん、『不思議の国のリアス』や『ツチブチ河童の謎』はboothにて通信販売を行っていますので、欲しい方はそちらをご覧下さい。

例年通り、来年6月開催の文フリ岩手でも何らかの新刊を出すつもりですので、よろしくお願いします。今の気分では、「波が通り過ぎたあとに」と「大鴉に抱かれて」に書き下ろし「海の向こうのFreedom」を追加した『田沢家の一族』を出そうかなと考えています。