坂嶋流記録庫

Inverse Archives

SPEC 〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜 甲の回~癸の回(TBS)

 堤監督がかつて手がけたTRICKは自称超能力者が仕掛けたトリックを売れないマジシャンと物理学者のコンビが解き明かすミステリドラマであった。
 本作自体の企画も、最初はそのアンチテーゼだったと思われる。
 TRICKに出てきたような偽物ではなく、本物の特殊能力保持者(SPECホルダー)が関わった犯罪を、あくまで現実の、警察の視点で戦い、解決していくそれはミステリやライトノベルでありがちなバトルである。
 しかし様々な小ネタで笑いとシリアスの緩急を巧みに操り、独特な視点で撮影された映像はミステリドラマの枠を飛び越え、幅広い視聴者へと届けることに成功した。
 SPECを持つものと持たざるもの――彼らの戦いはドラマ全十話をかけて描かれたニノマエらとの戦いを経て、一段階上のステージに到達する。ある大きな謎を残したまま終わった最終回(癸=起の回)を承け、物語は新たな地平へと翔んでいく――。
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竹本健治『涙香迷宮』(講談社)

 迷宮とは分岐がなく秩序だった一本道のことである。
 迷路のように入口と出口があるのではなく、余すところなく敷きつめられた通路を進み、中央にある目的地を目指すのが本来の迷宮の姿である。
 黒岩涙香が創り出した四十八首の暗号解読に取り憑かれた本作もまた、タイトルに迷宮という言葉を冠している。
 迷路のように分岐がないからといって暗号が簡単というわけではない。手掛かりはすべて与えられ、その先に真実がある――そう認識していてもゴールまでの距離があまりにも長いため、歩いている道が正しいのか、この先にゴールがあるのか疑心暗鬼になる。その描き方はデビュー以来暗号に取り憑かれた竹本ならではの一級品。だからこそ、物語の流れにただ身を任せればいい。
 そして。
 事件の動機となった〝一本道の迷宮〟が示すように、本作にはゴールとなるべき中心が存在しない。ある神話の迷宮のように、読者は日本語の迷宮に閉じこめられてしまうだろう。
 しかし、それもひとつの幸せである。
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